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本庄市立 塙保己一記念館
施設未連携のため情報が間違っている可能性があります
概要
ロケーション
屋内屋外雨の日OK
目安の滞在時間
寄り道(~1時間)半日(1~3時間)1日(3時間~)
オススメ年齢
0~1歳2~3歳4~6歳7~9歳10~12歳中学生高校生
予約の有無
予約不要予約可能予約必須
チェックポイント
施設の設備
授乳室ありおむつ交換台ありトイレ広めベビーカー安心車いす安心ベンチありエレベーターあり大人も楽しいお土産あり平日OK休日OK
オススメの季節
春夏秋冬
ジャンル
科学天文歴史・遺跡芸術ものづくり社会科見学産業・工業食育植物動物海の生き物景色自然街並み運動自由研究文学環境・エコテクノロジー伝統工芸建築デザイン
基本情報
| 営業時間 | 09:00–16:30 |
|---|---|
| 定休日 | 月曜日(休日の場合は翌日)、年末年始(12月28日~1月3日) |
| 料金 |
|
| 住所 | 埼玉県本庄市児玉町八幡山368番地(アスピアこだま内) |
| アクセス | 関越自動車道本庄児玉インターより車で15分、JR八高線 児玉駅より徒歩10分、JR高崎線 本庄駅より児玉駅入口までバスで20分、JR上越・北陸新幹線 本庄早稲田駅よりタクシーで15分 |
| 電話 | 0495-72-6032 |
| 公式サイト | https://www.city.honjo.lg.jp/soshiki/kyoikuiinkai/bunkazai/tantoujouhou/exhibition/hanawahokiichi/infomation/hanawahokiichikinenkan.html |
口コミ
★4
本庄市が誇る偉人について学べます。きれいな建物でした。ワンフロアでシンプルなつくりなので、短時間で塙保己一の生涯をたどれます。最寄りのインターチェンジからもわかりやすかった。
★5
保己一を強く突き動かした原動力、その源がどこにあったのか、未だによく分かっていません。全盲というハンデがありながら、母の教え、良き理解者・指導者の支えだけで、「世のため、後のため」と群書類従の編纂を40数年の歳月をかけて完成させたり、後進の育成のために和学講談所を設立できるのでしょうか。目が見えないことで人から見下されても「人間は小さなことで感情的に怒るようでは大業は成就しない」と、どうして「怒らぬ誓い」をたてることができたのでしょうか。元々の資質があり、自覚と努力により、さらに人間性に磨きをかけたとは想像するものの、人間とは本当にすさまじいもの、無限の可能性を秘めた存在なのだなぁと感じ入ってしまいます。だからあなたにもできると言われても、「はい、そうです」とは言えませんが、やり遂げた人がいるという事実は心の支えになります。
「検行」と聞くと大河ドラマ「べらぼう」の影響か、悪徳高利貸しのイメージがありましたが、こちらへ来て悪いイメージが払拭されました。日曜朝9時過ぎでしたが、私の他に来館者はおらず、独り占め、ビデオも資料も見放題、心ゆくまで一人静かに堪能しました。
「検行」と聞くと大河ドラマ「べらぼう」の影響か、悪徳高利貸しのイメージがありましたが、こちらへ来て悪いイメージが払拭されました。日曜朝9時過ぎでしたが、私の他に来館者はおらず、独り占め、ビデオも資料も見放題、心ゆくまで一人静かに堪能しました。
★3
「番町で目明き盲に道をきき」
江戸の番町は塙保己一の開いた和学講談所の在った場所で、この川柳は、盲人の保己一に晴眼者がこぞって(人生の)道をたずねる様を面白おかしく描写したものとなります。
保己一は盲人でありながら驚異的な記憶力をもって学問を修め、盲人の生活安定と国学の発展に大いに貢献した人物として知られています。同じ国学者であっても、時に批判の対象となる本居宣長や平田篤胤と異なり、篤実な人格者と認知されていますが、生き馬の目を抜くような盲官の世界にあって、総検校にまで登り詰めた政治力は並のものではありません。宣長が町医者で生計を立てつつ研究を続けていたのに対して、保己一はパトロンをがっちりと確保していたうえに幕府の支援まで取り付けていました。保己一の業績のうちでとりわけ重要なのは、国学、国史に関する古今の文書を網羅した一大叢書である「群書類従」「続群書類従」の編纂となりますが、門外不出のものをふくめ、貴重な資料の数々を確保できたのは保己一の人脈と影響力の賜物です。
本庄市立塙保己一記念館は、保己一の出身地である現在の本庄市児玉にある施設で、保己一の生涯と業績をわかりやすく解説しています。これぞと言うほどのお宝はないものの、展示されている資料は網羅的で充実しています。保己一の事業家、実業家としての側面にも言及していて、興味深く感じられました。
JR八高線児玉駅からは歩いて一〇分ほどですが、列車の運行本数が限られているのであまり便利ではありません。ただ、近くまで来たなら立ち寄って損はないと思います。
江戸の番町は塙保己一の開いた和学講談所の在った場所で、この川柳は、盲人の保己一に晴眼者がこぞって(人生の)道をたずねる様を面白おかしく描写したものとなります。
保己一は盲人でありながら驚異的な記憶力をもって学問を修め、盲人の生活安定と国学の発展に大いに貢献した人物として知られています。同じ国学者であっても、時に批判の対象となる本居宣長や平田篤胤と異なり、篤実な人格者と認知されていますが、生き馬の目を抜くような盲官の世界にあって、総検校にまで登り詰めた政治力は並のものではありません。宣長が町医者で生計を立てつつ研究を続けていたのに対して、保己一はパトロンをがっちりと確保していたうえに幕府の支援まで取り付けていました。保己一の業績のうちでとりわけ重要なのは、国学、国史に関する古今の文書を網羅した一大叢書である「群書類従」「続群書類従」の編纂となりますが、門外不出のものをふくめ、貴重な資料の数々を確保できたのは保己一の人脈と影響力の賜物です。
本庄市立塙保己一記念館は、保己一の出身地である現在の本庄市児玉にある施設で、保己一の生涯と業績をわかりやすく解説しています。これぞと言うほどのお宝はないものの、展示されている資料は網羅的で充実しています。保己一の事業家、実業家としての側面にも言及していて、興味深く感じられました。
JR八高線児玉駅からは歩いて一〇分ほどですが、列車の運行本数が限られているのであまり便利ではありません。ただ、近くまで来たなら立ち寄って損はないと思います。
